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大阪地方裁判所 昭和54年(行ウ)83号 判決

原告

辻清治

訴訟代理人

酒井圭次

被告

泉大津税務署長

佐々木裕

指定代理人

細川俊彦

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

第一原告が、原告の昭和五二年分所得税につき、法定申告期限内に別表一の「確定申告」欄記載のとおりの申告をしたところ、被告が、昭和五三年六月二七日付で同表の「更正」欄記載のとおりの本件更正処分を行うとともに、本件賦課決定処分を行つたこと、原告が、同年八月二八日、本件各処分を不服として被告に異議申立をしたが、被告が、同年一〇月三一日付でこれを棄却する旨の決定をしたこと、原告が、更に、同年一二月一日付で国税不服審判所長に審査請求をしたが、同所長が、昭和五四年三月一二日付でこれを棄却する旨の裁決をしたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

第二本件各処分の適法性について判断する。

一原告及びその合算対象世帯員の昭和五二年分の所得金額が別表一の「更正欄」における所得金額のとおりであること、原告に対する医療費控除、社会保険料控除、生命保険料控除及び基礎控除の各金額が同表の「更正」欄における各該当欄記載のとおりであること、以上の事実は、当事者間に争いがない。

二原告には、長男辻麻治、長女辻麻紀子、次女辻麻美の三名の生計を一にする子があるが、昭和五二年中に、辻麻治は金一八万一、〇〇〇円、辻麻紀子及び辻麻美は各金一二万二、〇〇〇円の各配当所得を得たことは当事者間に争いがない。

そうすると、法二条一項三四号、三三号ハにより、辻麻治ら三名は扶養親族にあたらないから、原告の所得税に関し法八四条によつて扶養控除すべきではないことになる。

また、原告には、生計を一にする配偶者である辻佳子がおり、同人は法九六条四号の合算対象世帯員であるが、昭和五二年中に社会保険料としてその給与から控除される方法により金二一万円を支払つたことは当事者間に争いがない。

そうすると、法九八条四項により、原告の所得税に関し社会保険料として控除すべきではないことになる。

三そこで、法二条一項三四号及びこれが引用する限りでの同項三三号並びに法九八条四項が、憲法一四条一項に違反するかどうかについて判断する。

(一)  法二条一項三四号及びこれが引用する同項三三号によると、納税額に次の格差が生じる。すなわち、

1 同額の所得を有する者であつて、等しく生計を一にし給与所得等以外の所得がある親族のある場合、その親族の所得が金一〇万円以下のものは、扶養親族があるとして法八四条により扶養控除が与えられるのに対し、その親族の所得が金一〇万円を超えるものは、扶養親族がないとして扶養控除が与えられない。

2 同額の所得がある者であつて、等しく生計を一にし、金一〇万円を超える所得がある親族のある場合、その親族の所得が給与所得等であつて金二〇万円以下のものは扶養親族があるとして法八四条により扶養控除が与えられるのに対し、右親族の所得が給与所得等以外の所得のものは、扶養親族がないとして扶養控除が与えられない。

(二)  法九八条四項によると、同額の所得がある者であつて、等しく合算対象世帯員であり、右世帯員に同額の社会保険料の支出がある場合、社会保険料が、当該世帯員の給与から控除されなかつたものは、当該社会保険料が社会保険控除の対象として認められるのに対し、社会保険料が、当該世帯員の給与から控除されたものは、社会保険料が、社会保険料控除の対象として認められない。したがつて、両者の納税額に格差が生じる結果を招来する。

(三)  ところで、憲法一四条一項は、法の下の平等の原則を定めた規定であるが、その趣旨は、国が国民に義務を課す場合であつても、平等的な取扱いをすべきことを命じたものであることはいうまでもない。そこで、前記(一)(二)のような所得税課税の際の不平等な取扱いが、憲法一四条一項にいう平等原則に違反しないか、どうかが問題になる。

憲法一四条一項は、国民に対し絶対的な平等を保障するものではなく、差別すべき合理的な理由がないのに差別することを禁止した趣旨であると解するのが相当である。なぜならば、事柄の性質に即応した合理的理由のある差別的取扱いをも禁止したものとしてしまうと、却って悪平等のそしりを免れないからである。

そのうえ、課税要件の具体的規定の合理性をめぐつてそれが憲法の同条項に違反するかどうかを判断するにあたつては、租税が国家の財政政策の根幹を形成し、かつ、経済政策、社会政策とも緊密なつながりがあるから、多方面にわたる政策的な考慮を必要とすること、租税体系が複雑かつ技術的な性質をもつていること、国民に不利益があるとしても、経済的なものに限られることなどに着目したとき、課税要件の定立には、立法政策上の裁量的要素が大であることが、重視されなければならない。

以上のことから、課税要件が、憲法一四条一項の平等原則に違反するかどうかを判断する視点は、課税要件上の差別的取扱いが、明らかに合理性を欠くかどうかに限られるのである。そして、このことは、立法府には、課税要件定立のために広範囲の裁量権があることの必要的結果である。

(四)  そこで先ず、法二条一項三四号及びこれが引用する同項三三号が、扶養控除の対象となる扶養親族を定めるにあたつて、給与所得等以外の所得がある親族の場合、金一〇万円以下の所得がある者に限つた点について検討する。

1 扶養控除は、基礎控除、配偶者控除とともに人的控除と呼ばれるが、〈証拠〉によると、人的控除制度の趣旨は、最低生計費、基準生計費ないしは標準生計費に対応する部分を課税対象外におき、担税力のない者には、課税最低限を設定することによつて納税義務を免除しようとすることにあることが認められる。すなわち、扶養控除についていえば、納税者の家族に扶養されるべき親族がいる場合、この者の最低生計費、基準生計費ないしは標準生計費に対応する部分を扶養に必要な費用として担税力を認めず、当該納税者に対する課税の対象外に置こうとするものである。

2 そして、〈証拠〉によると次のことが認められる。

右目的を実現するための仕組としては、甲 扶養親族の範囲を先ず定め、これがある場合、一定の扶養控除額を所得控除として認めるという方法のほかに、次の仕組が、考えられる。

乙 扶養控除の対象となる扶養親族の所得を本人の所得に合算したうえで所得税を課税する。

丙 一定の扶養控除上限額から、扶養親族の所得を差し引いた残額を控除すべき額とする。

しかし、乙は、現行法の課税単位の原則である稼得者個人課税の原則に反するうえ、乙、丙とも、扶養親族の所得を常に一円まで正確に把握しなければならないという徴税事務上の難点があるため、結局、立法者は、現行法のとおり、甲の扶養親族の範囲を先ず定め、これがある場合、一定の扶養控除額を所得控除として認める仕組を採用した。

3 そうすると、甲の仕組を制度として採用する限り、扶養されるべき親族は、所得が全く無い者のほか、これが少ない者も含むわけであるが、所得の少ない者の範囲を定めるにあたつて、理論的には、一定額を超える所得がある親族と一定額以下の所得がある親族との間に扶養という観点において質的差異を認めて、「所得の無い者又は一定額以下の所得しか有しない者」と規定することは、機能的には当該親族に多少の所得があつても徴税上これを追求しないという政策上の考慮と、先に述べた、多少の所得の有無を確定する手続的煩瑣をはぶくという徴税事務上の考慮とを同時に満足させるもので、合理的な方法であり、これによつて、課税が画一的になるのである。

4 他方、前掲各証拠によると、次のことが認められる。

扶養親族の範囲に入るかどうかをきめる親族の所得額の上限額までの所得については、現行法制によると、この所得を課税の対象外に置くとともに、納税者本人の所得から扶養控除額として差し引くという方式によることになるから、結局家族単位でみた場合、二つの金額の合計額が課税の対象外になる結果をもたらす。

そこで、右上限額をいくらにするかは、扶養控除額をいくらにするかの関連のなかで、扶養すべき親族のない家庭など他の家庭との衡平を考慮するほか、国民の所得水準、生活水準、物価水準、貯蓄水準、所得階層分布、納税人員の推移、財政事情等諸々の資料を勘案して検討され、決められてきた。すなわち、昭和二五年以来、扶養親族の所得上限額と扶養控除額とは、別表三のとおり、引き上げられたが、双方が同一額であつたときもあれば、そうでないときもあり、また、双方が常に同時に引き上げられたわけではない。

5 まとめ

以上のことから、結論として次のことがいえる。すなわち、

法二条一項三四号及びこれが引用する同項三三号が、扶養控除の対象となる扶養親族を定めるにあたつて、給与所得等以外の所得がある親族の場合、金一〇万円以下の所得がある場合に限つた目的は、人的控除制度を、稼得者個人課税の原則や徴税事務上の能率を犠牲にすることなく達成することにあり、このことは、方法としての合理性に欠けるところがない。したがつて、結果として、金一〇万円を超える給与所得以外の所得がある親族のある家族の主たる所得者が、所得税の課税において、扶養控除が受けられないという差別的取扱いを受けることになるが、この差別的取扱いが明らかに不合理なものであるとは到底いえない筋合である。

6 原告の主張に対する判断

(1) 原告は、甲の仕組は、「多くの税負担をした者の税引後所得が、税負担の少ない者の税引後所得より多くなければならない」という原則に反する結果を招く、と主張する。

しかし、同一の所得を有する者の間で、一方がより多く税負担をすれば、税引後の所得は、他方より少くなるわけであるから、原告の主張する原則自体正確ではない。同一の所得がある者の間で税負担が異ることがあること、また、より多い所得がある者が、より多く税負担をした結果、より少い税引後所得しか手に入らないことがあることこそ、まさに、既述の人的控除制度のねらいとしたところである。

原告の主張は、あるいは「所得がより多くなれば、税引後所得も、より多くならなければならない」という趣旨にも解される。しかし、右は控除額等が一定の場合における課税単位となる本人の基本所得と税引後所得との関係については妥当するかもしれないが、本件のように控除の対象として親族の所得が考慮され加味される場合には、妥当しないのである。

(2) 次に、原告は、現行法制が家族単位の「課税最低限」に著しい較差を生ぜしめると主張する。

確かに、現行規定によると、子に金一〇万円の配当所得があつた場合と金一〇万〇、〇〇一円の配当所得があつた場合とではわずか一円の差があるにすぎないが、その結果、金二九万円の扶養控除が受けられるかどうかの差が生じ、子の人数が増えるに従い、家族間のこの較差は拡大するという結果をもたらす。

しかし、現行規定の趣旨は、前述のように、金一〇万円の配当所得がある子と金一〇万〇、〇〇一円の配当所得がある子との間に、扶養という観点から質的な差異を見出したものと解されるのであつて、これが、ひいては家族間の課税最低限に較差を生ぜしめる結果になつているのである。

この扶養についての質的差異や徴税事務上の便宜など合理的な側面のあることを総合勘案するとき、右較差があることから、直ちに現行制度が、明らかに不合理であると断ずることはできない。

(3) 原告は、更に、現行規定は、金一〇万円を一円でも超える給与所得等以外の所得のある子を持つ家庭の主たる所得者にとつて、人的控除制度の趣旨に反する不合理な結果をもたらしている(現行法制によると、夫が家庭の収入源である場合、扶養控除額、配偶者控除額及び基礎控除額の合計金額並びに妻、子の金一〇万円以下の給与所得等以外の所得又は金二〇万円以下の給与所得等の金額は課税の対象とならない。これに対し子の収入が一円でも右基準を超えると、たちまち扶養控除額は否定されてしまうことになる。つまり、家族単位では、わずか一円の所得の増加で一人当り金二九万円の扶養控除がなく、それだけ高い課税最低限が設定されていることになるのであつて、人的控除制度の意図した課税最低限が守られなくなる)と主張する。

しかし、前述したとおり、現行法制は、一定金額以下の所得のある子とこれを超える金額の所得のある子とを扶養の観点において質的に異つたものとみたわけであるから、一定金額以下の所得しかない子を持つ家族の課税最低限よりこれを超える金額の所得のある子を持つ家族の課税最低限が低くなつても、そのことが直ちに不合理であるとまではいえない。

(4) また、原告は、当該法条の存在により、納税者数を増加させ、かつ、所得の低い階層の累進度の緩和を妨げていると主張する。

確かに、扶養控除の対象としての扶養親族を定義するにあたつて、所得の上限を低く押えず、少くとも扶養控除額まで引上げるとするならば、納税者数は減少し、累進度は緩和されることにはなる。しかし、そうだからといつて、そのことを理由に、当該法条の合理性を否定しうるものではない。

(5) なお、原告は、扶養控除額の上限から扶養親族の所得額あるいはこれから一定額を差し引いた額を控除した残額を扶養控除額とすべきであると主張する。このねらいは、家族単位でみて、扶養親族の所得と主たる所得者の受ける扶養控除額との合計を一定に保ち、もつて、課税の対象外となる親族の所得額を一定にしようということにある。しかし、そのことが一義的に合理性を有すると断定し難いとともに、この仕組では、徴税事務が煩瑣になるという難点もあるのであつて、いずれにせよ、右制度がより合理的かどうかの判断が、現行制度の違憲判断における合理性の判断と直接結びつくものではない。

(五)  次に、法二条一項三四号及びこれが引用する同項三三号が、扶養控除の対象となる扶養親族を定めるにあたつて、給与所得等がある親族に比べ、給与所得等以外の所得がある親族の所得上限を低くしている点について検討する。

1 〈証拠〉によると、次のことが認められる。

別表第三のとおり、昭和四一年までの所得税制では、扶養親族を定めるにあたつて、給与所得等がある親族とそれ以外の所得がある親族との取扱いは同一であつた。

しかし、昭和四一年当時、家族が家庭の生活水準維持のため、世帯主の収入の一助として勤労に従事し所得を得る事例が多くなり、右所得が、それまでの上限である金五万円を超える場合が出た結果、世帯主が扶養控除を受けられなくなる事態が生じたため、法改正によつて、給与所得等の上限を内職所得の水準等を勘案して金一〇万円に引き上げたが、その際給与所得以外の所得の上限については、その所得が家庭の生活水準維持を直接の動機としない、不労所得であるという所得の性格にかんがみ、金五万円に据え置いた。

その後、双方の上限金額とも引き上げる法改正が行われたが、両者には差が残されている。そして、右引上げにあたつては、国民の所得水準等前記(四)4であげた諸々の資料が考慮にいれられた。

2 右認定事実によると、給与所得等とそれ以外の所得とが、扶養控除で異つた取扱いを受けることは、給与所得等以外の所得の性格が不労所得であることに帰因する政策上の合理的な考慮に基づくものである。そして方法としての合理性に欠けるところが認められないから、右異なつた取扱いが、明らかに不合理なものであるとは到底いえない筋合である。

3 原告の主張に対する判断

原告は、現行法制によつて、給与所得等がある子を持つ家族と給与所得等以外の所得がある子を持つ家族との間の課税最低限に著しい較差が生じ、不合理である旨主張する。

しかし、前述したところから明らかなように、現行法制は、給与所得等がある子を持つ家族と給与所得等以外の所得がある子を持つ家族とを課税対象外に置くべき金額をとらえることにおいて別に扱うことにしたことには、合理性があるのであるから、原告の主張は、理由がない。

4 まとめ

扶養控除の対象となる扶養親族を定めるにあたつて、給与所得等がある親族の場合と給与所得等以外の所得がある親族との場合に差別的な取扱いをしたことには、明らかに不合理なところはないとしなければならない。

(六)  法九八条四項が、合算対象世帯員の社会保険料を本人の社会保険料控除としうるかどうかについて、合算対象世帯員の給与から社会保険料が控除される場合とそうでない場合とで区別して取り扱つている点について検討する。

1 法は、所得の稼得者個人を課税単位とすることを原則としているが、この原則を資産所得(利子所得・配当所得・不動産所得)に貫くと、資産の家族への分散等の方法によつて、所得を家族構成員間に分配し、もつて高い累進税率の適用を排除して租税の回避をはかる傾向が弊害として現われる。そこで、法九六条以下は、家族構成員の一定額を超える資産所得を主たる所得者の所得と合算して課税する制度を設けることによつて、右弊害を防止したのである。そうすると、合算対象世帯員に関する雑損控除、医療控除等の所得控除についても、主たる所得者について行われる仕組をとることが合理的である。合算対象世帯員の支払う社会保険料が、主たる所得者の社会保険料として控除されるのも、この理由に基づく。

2 しかし、立法時(昭和三二年)において合算対象世帯員の支払う社会保険料のうち、これが同世帯員の給与から差し引かれる形をとつているものについては、合算対象世帯員の給与所得から控除することが合理的であると考えられた。その理由は次のとおりである。

(1) 合算対象世帯員の給与収入自体は、資産合算の対象とならないものであるところ、社会保険料は、給与収入から、給与額に対応して直接差し引かれるものである。

(2) 給与を支払う雇用者が、社会保険料の一部を負担するなど給与と支払保険料とが技術的に密接な関連性がある。

3 まとめ

当裁判所は、右(1)、(2)の理由から、合算対象世帯員の所得から社会保険料を控除することには合理的理由があると考える。したがつて、合算対象世帯員の給与から差し引かれる社会保険料とそうでない社会保険料が、主たる所得者の所得控除において異つた取扱いを受けることになつても、そのことが、明らかに不合理なものであるとは、到底いえない筋合である。

(七)  まとめ

以上の次第で、扶養控除の対象となる扶養親族の範囲を定めた法二条一項三四号及びこれが引用する限りでの同項三三号並びに合算対象世帯員の支払つた社会保険料の主たる所得者における所得控除の有無を定める法九八条四項は、いずれも憲法一四条一項に違反するものではないとしなければならない。

四(一)  辻麻治ら三名は、原告の扶養親族でないことになるから、原告は、減税臨時措置法三条、四条一項、一一条によつて右三人分の特別減税を受ける場合にあたらない。したがつて、被告がした本件更正処分は、すべて適法である。

(二)  原告の提出した申告書の確定申告額は過少であり、かつ、それについて正当な理由を窺わせる事情が認められないから、原告には、国税通則法六五条に従い、過少申告加算税が課せられるべきである。したがつて、本件賦課決定処分は適法である。

第三むすび

原告の本件請求は失当であるから棄却することとし、行訴法七条、民訴法八九条に従い、主文のとおり判決する。

(古崎慶長 孕石孟則 寺田逸郎)

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